「月影、小夜に輝きて」(弁望)
夜更けに一人、不安を持て余す望美
そんな望美の姿に、胸を騒がせる弁慶
幾度時空を超えても不安は胸を締め付け
幾度時空を超えた先でも出会う人の優しさは変わらなくて 恋愛未満から始まるゲーム本編1周目~の運命捏造中編
【sample】
――私、ほんとに帰れるのかなぁ…
不安が募る。
ただ無我夢中で剣を振っていた初めの頃と違って、最近は色々なものを見たり感じたりする余裕ができてきた。
だからこそ。
「これから、どうなるんだろ……」
一人になれば、今や先への不安が浮かんでくる。
望美は、大きく溜息を吐いて俯いた。
「望美…さん?」
突然降ってきた声。
望美は飛び上がらんばかりに驚いて、勢いよく後退してしまった。
じっと目を凝らし、声のした辺りを見つめてはみるものの、月や星だけの光源では、望美には人影の輪郭だけしか分からない。
「ああ、すみません。驚かせてしまいましたね。」
声の主が穏やかな口調で告げた謝罪の言葉に、ようやく、それが誰なのかに思い当った。
「……べ、弁慶さん…ですか?」
「はい。」
聞き慣れた優しい声音に、なんだか、ほんわかと胸に安堵が湧き上がってきて、望美は、ほぅ…と深く息を吐き、膝で這ってそちらへと近付いた。
「どうしたんですか?こんな時間に。」
首を傾げると、単衣の肩から長い髪がさらさらと零れ落ちる。
砂を踏む音と衣擦れの音を伴い縁の端へと腰掛けた弁慶の、可笑しげにくすくすと笑う声が聞こえて、望美は不思議そうに顔を見上げた。
「それを聞きたいのは僕の方です。」
「え?」
言葉と共に吐かれた溜息に、望美は目を瞬かせる。
「夜、一人で出歩くな……と、朔殿からも言われていた筈ですよね?」
しかも、そんな格好で…
にこやかな表情のまま、でも言葉には若干棘がある。
望美は、びくりと肩を震わせた。
「あ…えーっと。」
「――眠れませんか?」
俯いてしまった細い肩へ視線をやり、弁慶は気遣わしげに問いかけた。
がばっと顔を上げた望美の目が一瞬弁慶を見上げ、そしてすぐに床へと落ちる。
「え…と、その……」
単衣の端をいじりながら、望美は何事かを口にしようとして、すぐに黙り込む。
その様子を視界の端に映しながら、弁慶はこっそりと溜息を吐いた。
――無防備過ぎる…
どれほど安穏な世界で育ったというのだろう。
こんな夜中に、こんな薄着で、年頃の娘が警戒心もなく男の傍らに座っているなど……
軽く頭痛がして、弁慶は額へ手を当てた。
「眠れないなら……」
「あっ!えっと、薬湯はなくても大丈夫です!!」
再び勢いよく顔を上げた望美が必死に訴える。
弁慶は、思わず瞠目した。
そして……
「ふふっ。」
込み上げてきた笑いを、弁慶は慌てて口元を押さえ堪える。
「あーッ!笑いましたね!弁慶さんっ!!」
頬を赤く染め、望美が抗議の声を上げた。
笑われてしまうようなことを言った自覚があるのか、恥ずかしくなってしまったらしい。
肩を震わせて小さく笑う弁慶を睨むと、望美は頬を膨らませ、唇を尖らせた。
「……すみません。先程の君の顔が……」
年齢よりも幼い子供のように見えてしまった。
昼間の…怨霊と対峙する時の凛々しさや、仲間たちと談笑している時の表情とは全く違う別の……顔。
「だって…弁慶さんの薬湯って苦いんだもの……」
言い訳のように、望美が呟く。
笑いをおさめた弁慶が、望美の手を取って微笑んだ。
「良薬は口に苦し…と言うのでしょう?」
「うう……」
「ですが――」
望美の手を撫でながら、弁慶が顔を覗き込む。
瞳に心配そうな色を浮かべながら見つめられ、望美は先程とは違う頬の熱さを感じた。
――うわ…なんかドキドキする……
「あ、あの……弁慶さん?」
「君の眠れない理由を、先に教えてください。
薬湯はそれからです。」
言われて、望美はびくりと体を震わせた。
「そ、それは……」
望美は、弁慶から目を逸らそうと身動ぎする。
けれど、彼の視線はそれを許してくれなかった。
「家が…元の世界が……恋しいですか?」
元の世界が恋しいかなんて…そんなの恋しいに決まっている。
「剣を採って戦うことが…怖いですか?」
怖くないと言えば嘘になるけれど…今更逃げるつもりはない。
「それとも、夜の闇が恐ろしいですか?」
そんなのとっくに慣れてしまって、もう恐ろしいとは思わなくなった。
「望美さん?」
黙ったままの望美に、弁慶は溜息を吐いた。
「望美さん。」
再び、今度は少し語気を強めて呼ぶ。
小さく、望美の肩が跳ねた。
「私……」
瞳が揺らぐ。
浮かんできた涙を堪えるように、望美が唇を噛んだ。
――泣いちゃだめ。心配させちゃう……
ぎゅっと一度きつく瞼を閉じ、望美は再び目を開く。
そして、弁慶へと微笑みを向けた。
「大丈夫です。もう、寝れると思うから……」
だから離して下さい。
呟いて、握られたままの手を解こうとする。
けれど……
「あの…弁慶さん?」
「――望美さん。」
どきりと心臓が跳ね上がった。
名を呼ぶ声と、前触れもなく頬に触れた手のぬくもりに……
「そんな何かに耐えるような顔で……」
頬に触れた弁慶の掌が、ゆっくりと撫でるように動く。
「そんな不安そうな瞳で……」
親指が、望美の目元を拭った。
――え?
「泣くのを我慢したりするのは、やめてください。」
知らないうちに零れた涙の一雫が、弁慶の指で拭われる。
望美は、月の光にきらきらと輝く髪に縁取られた弁慶の顔を見つめたままで、固まってしまった。
「わ、私……」
「いくら君が違うと言っても、誤魔化せませんよ。」
どうして、今まで気付かなかったのだ……
協力を――戦うことを頼んだのは、弁慶だった。
この少女は、そもそも…年頃のただの娘なのだ。
神子に選ばれていなければ、元の世界で、涙を堪えて微笑む必要もなく穏やかに暮らしていた筈の……
――神子であることを強いたのは、僕……か。
龍神の神子の降臨を誰よりも喜んだのは、弁慶自身だ。
そして、彼女が神子だと分かった瞬間に、これから先を綿密に計算し始めたのも……
それは決して、この少女にとって辛くない筈のない……戦いの日々への誘い。
「すみません。君を戦いに巻き込んで、こんな顔をさせてしまっているのは僕でしたね……」
ぶんぶんと首を横に振って、望美が否と訴える。
「弁慶さんのせいじゃありません。
私が、選んだんだから。」
「ですが、君に戦って欲しいと願ったのは僕ですよ。」
「違うんです。」
望美の強い口調に、弁慶は思わず口を閉ざし…その顔を凝視した。
「違うの……」
床へ視線を落として、望美がぽつりと呟く。
「戦うのが怖いだとか、嫌だとか、それはもう今更のことだから…そうじゃないんです……」
「では、君がこんな顔をするのは一体……」
「私……」
少し迷うように口を閉ざし、しばらく言葉を紡ぎあぐねた望美は、意を決したように弁慶を正面から見つめた。
「弁慶さん。このことは、他の人には言わないで欲しいんです。」
「どうしてですか?」
唇が紡ぎだした言葉に眉を顰め、その意味を確かめようと、弁慶は瞳を見つめ返した。
僅かに揺らぐその奥に、少女の秘めた心が垣間見える気がして……じっと瞳の奥の思いを探る。
「……あんまり心配されたくない、から。」
ぽつり…と苦笑と共に告げられた理由に、思わず弁慶は目を瞠った。
「私、皆から心配そうに見られたりとか、気を使われたりとか…嫌なんです。
居心地が悪いって言うか何て言うか……」
――そういえば、君は負けん気の強いところがありましたね……
宇治川で、初対面の九郎に向かって喧嘩腰で朔を庇っていたことを思い出す。
軍に加わることを九郎に話しに行った時も、弁慶が途中で止めなければ大喧嘩になっていたかも知れぬ程、望美は引き下がることをしなかった。
「分かりました。」
苦笑を浮かべて、弁慶は頷いた。
「ここで聞いた話は全て、僕と君との間の秘密……ということですね。」
「はい。」
僅かに笑顔を見せ、望美が頷く。
「では望美さん……まずは場所を変えましょう。」
「え?」
「いつまでもこんな所にいては、君の体が冷え切ってしまう。」
――そうしているうちにも君の手は、こんなにも冷たくなってしまっているというのに……
「そうですね……
君の部屋にお邪魔してもいいですか?」
「それは構いませんけど……」
「けど……なんですか?」
弁慶に手を引かれ、望美が立ち上がる。
「ああ……」
くすり…と小さく笑い、弁慶が悪戯っぽい瞳を望美に向けた。
「大丈夫です。君に不埒な悪戯をするつもりはありませんよ、神子殿。」
「ッ!?」
顔を赤く染め、望美が言葉に詰まって弁慶を睨む。
くすくすと笑いながら、弁慶は、望美を部屋へと促した。
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