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Hell and Heaven ONLINE

火弟巳生個人サークルHell and Heavenの発行物情報 <通販再開しました>

「それは夜明けの陽光にも似て」(弁望)



ゲーム本編中(2周目~)
ただ一人、雨の中で、何もできず元の世界に一人帰った時のことを思い返す望美。
一人きりで出掛けてしまった望美を捜しに来た弁慶に促され共に帰る途中、ふと道端の紫陽花に足を止める。
共通2周目と弁慶ルート2周目メインで紫陽花の花言葉を題材にしたお話。
どちらかというと望→弁なシリアス。 甘さは少し控え目です。

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 ぱらぱらと強く屋根を叩く雨音に気付いて、弁慶は顔を上げた。

「降り出したみたいですね…」

 書き終えたばかりの書状へと一通り目を通してから、弁慶は部屋を出た。

 この降り方では、しばらく止みそうにないだろう。
 出掛けてしまった者達は大丈夫だろうか…と考えてから、九郎と景時は六条堀川の邸にいるから問題はないだろうと一先ず安堵する。
 確か、朝からリズヴァーンも出掛けていたようだが、彼に関しては心配することもないだろう。
 浮かんできた懸念を解消し、弁慶は皆が集まる部屋へと足を向けた。



 
「おや、朔殿。どうかしましたか?」

 いつも皆が集まってくる部屋の前で、朔が外へと不安そうに視線を向けていた。
 どうしたのだろう…と声を掛ければ、跳ね返るように朔が振り返る。

「弁慶殿。こちらにいらっしゃったんですね。」

 九郎や兄の景時と共に、六条堀川の邸へ行ったと思っていたのだろう。弁慶の姿に驚いた顔をした朔が、すぐに表情を曇らせて再び外へと視線を向けた。
 
「ええ。こちらで片付けなければならない仕事があったもので……」

 答えてから、弁慶は同じ様に外へと視線を向けた。

「それで――何かあったのですか?」
「――それが……」

 頬に手を当て、朔は小さく溜息を吐いた。
 視線を巡らせてみれば、部屋の中では幼子の姿の白き龍神も、落ち着きなく外へと視線を向けている。

 ――……おや?

 そこで、弁慶は違和感を覚えた。

「あの子が、外へ出たまま帰って来ないんです。」
「望美さんが?」

 違和感の原因が、本来ならそこにいる筈の白龍の神子の不在だと分かって、弁慶は眉を顰めた。
 一体、いつの間に出て行ったのだろう。
 九郎と景時、そしてリズヴァーンが出掛けて行った時には、まだ望美の姿は邸にあった。
 ならば、出掛けて行ったのはその後――弁慶が部屋に籠ってしまった後……ということだろう。

「一緒に……――」
「朔殿。まだ神子は戻らないのか?」

 一緒に出掛けたのは譲と敦盛か…と、今ここに姿のない二人の名を上げようとした弁慶は、聞こえてきた声に 言葉の続きを飲み込んでしまう。
 振り返れば、部屋へと姿を現したのは、望美と共に出掛けたと思っていた敦盛本人だった。
 小さく溜息を吐いて頷く朔に、敦盛も「そう……か」と呟いて雨の降り続く庭へと視線を向ける。

「一体どこに行ったんだ…先輩は……」

 続いて、茶と茶菓子が載った盆を手に、不安気な表情を浮かべた譲が顔を出して――弁慶は軽い頭痛を覚えた。
 同行していると思っていた二人共が、京邸の中にいる。
 それは、つまり――

「まさか……一人で出掛けてしまったんですか?」
「――止める間もなく、飛び出して行ってしまったんです。」

 朔の言葉が、望美が一人で出て行ってしまったことを肯定する。
 これは困ったことになった……と、弁慶は深く溜息を吐いた。

 本当ならば居ても立っても居られないのだろう。
 よく見れば、譲も敦盛も、髪と衣を少しだが雨に濡らしている。
 門の辺りまで、様子を見に出ていたのかもしれない。
 そのまま外へ捜しに出なかったのは、行き違いを心配してのことだろう。
 すぐに帰ってくる――
 そう思いながら、三人三様に望美の帰りを待っていたようだ。

「やっぱり俺……」
「僕が、捜しに行ってきましょう。」

 もう堪えられない……とばかりに立ち上がりかけた譲を制して、弁慶は外へと視線を向けた。
 この世界に来たばかりで京に慣れていない譲を、一人で行かせるわけにはいかない。

「弁慶殿、私も行こう。」

 今度は敦盛が同行を申し出る。
 けれど、少し考えてから弁慶は首を横に振った。

「いえ……」

 ――一人で出歩かない方がいいのは、君も同じですよ……敦盛くん。

 胸の内で呟き、弁慶は敦盛と視線を合わせた。

 敦盛は平家の人間だ。
 けれど、彼は八葉の一人であり、神子と共に戦うのだと源氏側についた。
 しかし、源氏によって抑えられている今の京で……それを心良く思わない者もいないとは限らない。
 避けられる危険は、出来得る限り避けておきたかった。

 ――そうでなくとも……

 過日の三草山での戦は、負けはしなくとも勝ちもしなかったのだから……受ける可能性のある良くない評価は、一つでも少ない方がよい。


「行き違いになってしまってはいけません。敦盛くんは、こちらで待機していて貰えますか?」

 様々な考えを巡らせながら発せられた弁慶の言葉に潜むものに気付いたのか否か……何かを言いかけ、敦盛は黙ったまま頷いた。
 それに穏やかな笑みを浮かべながら頷き返し、弁慶は軍師から薬師へと思考を切り替えて朔へと向き直る。

「朔殿は湯を沸かしておいてください。
 譲くんは何か体の温まるものを用意しておいていただけますか?」

 二人へと言付けて、弁慶は外套を被り直して邸を飛び出した。



「……とは言ったものの――」

 ぽつりと呟いて、弁慶は途方に暮れる。
 望美の行き先に、心当たりなんてあるわけがない。
 一人で、どこへ行ってしまったというのだろう。
 思考を巡らせていた弁慶の脳裏を過ったのは、最近の――いや、もしかすると、ずっと前からかもしれない――望美の様子だった。

 声を掛けられたことにも気付かぬ程、深く何かを考え込んでいたり。
 突然、何かを思い出したように、そわそわと落ち着きを失くしていたり。
 そうかと思えば、とても強い眼差しで何かを見据えていたり。
 つい先日、異世界から訪れたばかりの筈なのに、何もかもを知っているような言動を見せたりもする。
 花断ちの剣技を会得していたことも、おかしな話だ。
 平和な世界から来たのだと言うには、戦いに――剣の扱いに慣れ過ぎている気もしていた。


「さて、どこから探したものか……」

 無目的に捜したところで見つかる筈もない。
 それならば、これまで一度でも立ち寄ったことのある場所から探すのが一番だろう。
 そう思い当って、弁慶は神泉苑へと足を向けた。

 龍神の神子と縁の深い場所だから、可能性としては一番高い……かもしれない。
 そう、判断して……
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