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Hell and Heaven ONLINE

火弟巳生個人サークルHell and Heavenの発行物情報 <通販再開しました>

「ひだまり」(弁望)




弁慶×望美 薬師夫婦の再録本

 シリアス風味あり
 ほのぼのあり
 甘々あり
 の夫婦な弁望話満載の1冊
 再録は全て多少の加筆修正あり
 書き下ろしも2本入ってます
 ※和風手製栞付き  

【文庫156p/1200円】


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【sample】


再録「穏やかなる」

 感じたのは、とても暖かな光。

「僕は、君が好きです」
 自分を見つめる、琥珀の色の……優しくて真剣な眼差し。
「どうか、僕とともにいてくれませんか」
 切なげに乞う声に、胸が締め付けられた。
やっと、届いたのだと。
 やっと、追いついたのだと。
 望美は、零れ落ちそうになる嬉し涙を堪えながら微笑んで頷いた。
「もちろんです」
 この世界へ留まることで失ってしまうものは、決して少なくはないけれど。
「私も、弁慶さんと一緒にいたい」
 何ものにも代えがたい愛しい大切な人は、たった一人だから。
 あの日……初めて出会ったあの冬の日から、望美にとっては何年も、何度も時間を経た。
 何度も失って、何度も出会って、その度に育っていった弁慶への想い。
 ずっと、痛みも愛しさも胸の内に秘めてきたけれど……

 ――弁慶さん……好きだよ、私も…あなたのことが大好きだよ。

「弁慶さん……」

 目に飛び込んできたのは、とても眩しい光。
 伸ばした手が虚空を掴んで、望美は数度瞬きをした。
「……あれ?」
 外から差し込んでくる朝の日の光へと視線を向けて、望美はゆっくりと体を起こした。
 視線を巡らせて、ここが厳島でも、過ごし慣れた京邸の自室でもないことを思い出す。

 ――そうだ……

 朝の早い雀が、おそらく庭先で戯れているのだろう。
 ちゅんちゅん、と鳴き交わしているのが聞こえる。
「夢…だ。」
 とても幸せな夢を見ていたのだと、望美は思い至った。
 それは、とても幸せな想い出の……夢。
 長い旅の終わりと新しい運命の始まりの、あの日の想い出。

「――って!うわぁっ!!」
 幸せな記憶に浸っていた意識が現実に戻ってきて、望美は慌てて立ち上がる。
「ぼーっとしてる場合じゃないよっ!!」
 なんだかんだと朝は忙しい。
 慌ただしく身支度を整えて、望美は部屋を飛び出した。





書き下ろし「ただ指先の触れるだけでも」

「眠れないんですか?」
 突然掛けられた声に、望美の肩が跳ねる。
 聞き間違うことなどない声。
 望美は、平静を装って声の主を振り返った。
 果たしてそこには、予想通りの――黒い外套に身を包んだ姿があって、どきりと心臓が脈打つ。
「弁慶さん……」
「こんばんは、望美さん。どうかしたんですか?こんな時間にこんな所にいるなんて。」
 いつもと――戦いの最中と何ら変わりのない穏やかな微笑みが向けられる。

 ――いつもドキドキしてるのは私だけ……なんだろうな。

 少し悔しくて、望美は視線を逸らして月を見上げた。
「ちょっと目が覚めてしまって。」
 ここで眠れないとでも言おうものなら、「薬湯を用意しましょうか?」と言われそうな気がして、望美は言葉を濁した。
「ふふっ、実は、僕も……なんですよ。」

 ――え?

 思ってもみなかった言葉に、望美は思わず振り返ってしまう。
 流れるような所作で望美の隣に腰掛けた弁慶が、苦笑を浮かべていた。
「明日からは、君と一日中一緒にいられるのだと思うと、嬉しいやら緊張するやら……で眠れなくなってしまったんですよ。」
 月明かりに照らされた弁慶の顔に照れくさそうな表情を見出して、望美は目を疑った。
 こんな表情、今まで見たことがない。
「緊張……ですか?」
「意外ですか?」
「意外です。」
 思わずはっきりと答えてしまって、望美は慌てた。
 弁慶が目を瞠ったからだ。
「本当の事ですよ。」
「わ、私も……!」
 言いかけて望美は言葉の続きを飲み込んだ。
 見つめてくる弁慶の瞳に、胸がとくんと騒ぎ出す。
「望美さん?」
 言葉の続きを促されたけれど……これ以上言う勇気はなかった。
 だから、言葉をすり替えてしまう。
「…………家事とか、まだ練習中だけど、頑張りますね!」
 笑みを浮かべる望美に弁慶は小さく微笑を零した。
「ええ、お願いします。助かりますよ。
 けれど――一人で無理はしないで。二人で、こなしていけばいいんです。」

 二人でという言葉に、望美の鼓動が速くなる。
 見つめてくる弁慶の瞳から目が離せなかった。
 不意に頬に触れた指先。
 望美の肩が、びくりと震えた。

「望美さん……」
「は、はい。」
 返事した声が裏返ってしまったことは自覚している。
 何を言われるのだろうと緊張する望美に、弁慶は小さく……くすりと笑った。
「そんなに緊張しないで……それよりも望美さん。」
「弁慶……さん?」
「君は一体、いつからここに座っていたんですか?」
 寄せられた眉根。
 心配そうな瞳が望美を見つめる。
 触れた手が、するりと頬を撫でた。
「こんなに、体を冷やしてしまって……」
「あっ…ご、ごめんなさい。」
「謝らないで……」
 反射的に謝って俯いてしまった望美の耳に、弁慶の深く優しい声が届く。
 今度こそ、薬湯を飲めと言われるんじゃないかと身構えた望美は、不意に聞こえた衣擦れの音に顔を上げた。

「え……?」
 ふわり……と肩を包み込んだのは、仄かなぬくもり。
 突然のことに、望美はうろたえてしまった。
「君のぬくもりが逃げてしまわないように、僕が一晩中でも守ってあげたいところですが……今はこれだけで許して下さい。」
 囁くような声。
 聞こえた言葉が意味を成すのに、数瞬を要した。
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