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Hell and Heaven ONLINE

火弟巳生個人サークルHell and Heavenの発行物情報 <通販再開しました>

「恋香~れんが~」(和彩)



彩雪のことが愛おしくて一緒にいたい和泉と、まだ『恋』という感情を知らない頃の彩雪のお話。
「雨宿」と「知らない顔」の2本を収録

 「雨宿」
 ふたりで出掛けた先で夕立に遭った和泉と彩雪
 雨宿に駈け込んだ軒下
 近すぎる距離に緊張する彩雪に和泉は・・・・・・

 「知らない顔」
 買い物に出た市場で和泉を見掛けた彩雪
 市の人たちとふれあう和泉の横顔は見たことのない表情で
 彩雪の心を、感じたことのない想いが過ってゆく
【44p/500円】

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「雨宿」



「式神ちゃん、大丈夫だったかい?」
「あ、ありがと……」
 濡れてしまった彩雪の髪を、和泉が拭ってくれる。
 その優しさが、少しくすぐったくて、嬉しい。
 彩雪も、和泉の髪へと手を伸ばした。

 ――あっ

 ふわり……と、鼻をくすぐった甘い香り。

 ――これ、和泉の……

 雨に濡れたせいだろうか。
 いつもよりも強くなった香の匂いに、不意に、彩雪の胸がどきどきと高鳴り始める。
「ありがとう、式神ちゃん」
「う、ううん」
 向けられた和泉の微笑みに、彩雪はどきりとした。
 ふるふると首を横に振り、慌てて雨脚の強くなってゆく景色へと視線を移す。

 ――どうして?

 なぜ、こんなにどきどきするのだろう。
 激しい雨音より、自分の鼓動の方が大きいのではないか。
 すぐ隣にいる和泉に、それが聞こえてしまうのではないか。
 そんな緊張に、少し、そわそわしてしまう。

「なかなか止みそうにないね」
 彩雪と同じように、雨の降り続く空へと視線を向けた和泉が呟くけれど。
「う、うん」
 いつもより近い場所から聞こえてくる和泉の声に、気持ちが落ち着かない。
「寒くないかい?」
「だ、大丈夫」

 耳に心地よい、和泉の優しい声。
 強く香ってくる、甘い和泉の匂い。
 狭い軒下で、触れ合った肩から熱が伝わってきた。

 ――わ、わたし……

 どうしてしまったというのだろう。
 なんだか頭がくらくらしてきて、彩雪は俯いた。

「どうかしたの?式神ちゃん」
「な、なんでもない……」

 ――早く止んで……

 激しいどきどきと緊張から、早く逃げたくて。
 彩雪は、なかなか止みそうにない雨を恨んだ。





「知らない顔」


 ――あれ?

 ふと、視界に入ったそれに、彩雪は、はたと動きを止めた。
 人混みの中でも映える、鮮やかな橙。
 一目で、上等なものだと分かるその衣には、見覚えがある。
「あれ、は」
 行き交う人の間から見えた、その後ろ姿に彩雪は思わず後を追った。

 

 顔見知りなのだろうか。
 声を掛けてきた店主と、立ち止まって話をしている。
 そうかと思えば、駆け寄って来た子供たちに囲まれている。
 何かねだられているのか、ちょっと困ったように苦笑しているのが見えた。

「ふふっ」
 少し離れた所から様子を見ていた彩雪は、思わず笑みを零した。
 とても、天照皇子だなんて思えない気さくな、和泉の姿。
 それが、何だか面白かった。
 市場の人たちと、親しげにしている和泉の様子を見ているのは、とても新鮮だった。
 その横顔には、笑顔が浮かんでいて――

 ――あ……

 ぎゅっ、と彩雪は着物の胸の辺りを掴んだ。

 ――なに?これ

 苦しいような、痛いような感覚。
 今まで感じたことのないそれに、浮かんできたのは戸惑い。

 ――わたし……

 視線の先で、和泉が浮かべている笑顔。
 それは、彩雪が見たことのない表情だった。

「和泉」

 ぽつり、と零れ落ちた名前は、届くこともなく喧騒に掻き消える。
 じわり……と滲むように広がったのは、寂しさに似た感情。
 人混みの向こう。
 きっと――
 声を掛ければ、彩雪に向かって手を振り、笑いかけてくれるだろう。
 あの優しい笑顔で、いつもみたいに話しかけてくれるだろう。
 けれど――

 ――どうして?

 駆け寄ることも、声を掛けることもできない。
 だからと言って、この場から離れてしまうことも……できない。

 ――わたし、どうしちゃったの?

 浮かんできた知らない感情に戸惑って、彩雪は、その場に立ち尽くした。
 
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