「水面、ゆらめき」(桂灯)《R18》
◆収録作品◆
・熱の欠片
・水面、揺らめき
・宵の熱を辿って
・小夜更けゆきて(書き下ろし)
【文庫/76p/¥700】
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一
「あっ! 桂さん、見てください!」
爪先が跳ね上げた雫が、空から降り注ぐ光にきらきらと輝いた。
「きれいですね」
「うん。きれいだね」
楽しげに笑う灯につられ、桂の表情も綻ぶ。
揺れて波紋を作ってはきらめく、足湯の水面。
真似をして、桂の足が軽く蹴り上げた湯が先程よりも高く跳ねて……揺蕩う泡と混ざり合いきらきらと輝いた。
それがなんだか楽しくて、互いに顔を見合わせて笑い合う。
せーの! で一緒に蹴り上げれば、きらめく飛沫が小さな虹を作った。
「あっ、虹ですよ!」
「本当だ!」
跳ね返った雫がぱたぱたと衣服や頭に落ちてくるけれど、そんなことは気にならない。こうやって、足湯でふたり並んで過ごす時間が……とても楽しかった。
「ふふ……」
不意に、桂が笑う。
どうしたのだろうと振り向いた灯に向けられる、眩しそうに細められた桂の目。
「だって、はしゃぐ君がお転婆さんみたいで可愛くて……」
「私、子供じゃないですよ!」
もう大人ですからね! と膨らませた灯の頬を、桂の指がつんとつついた。
「ごめん、ごめん。でも、可愛いって思ったのは本当だからね」
「からかわないでください」
頬を染め軽く睨む様子すら可愛らしい……と思いながら、それは口に出さず胸の内へとしまいこむ。
「あ〜、はしゃいだら、ちょっとお腹空いちゃったなぁ。ねぇ、神子。おまんじゅう、食べに行かない?」
「行きます!」
即答する灯が微笑ましくて、桂はまた、目を細めた。
それじゃあ、と傍らに視線を向けた灯が不意にきょろきょろと辺りを見回し始める。
「どうしたの?」
「手拭いが……」
はしゃいでいるうちに落としたのだろうか。
見回しているうちに、座っている真後ろに手拭いが落ちているのを見つけた。
体を捻って手を伸ばすけれど、無理に手を伸ばした灯の体がバランスを崩して傾く。
「あっ!」
「あぶない!」
背中を支える桂の手。
じっとしててね、とすぐそばで聞こえた声に灯は思わず体を強張らせた。
灯の体を抱きかかえる様な体勢で、桂は手拭いを拾い上げる。
「無理しないで言ってくれればよかったのに」
顔を覗き込んで笑う桂に、灯の鼓動が大きく跳ねた。
「あっ、ごめんなさい。ありがとうございます」
それだけをやっと口にして、すぐに離れた桂へと手拭いを受け取るべく手を出した。
……のだけれど。
「うん?」
「手拭い、ありがとうごさいました」
ああ。と、手拭いが汚れていないか確認していた桂が、体ごと灯の方を向く。
「拭いてあげるね」
「へ?」
突然の、思いもしていなかった申し出に灯は目を瞬かせた。
にこにこと無邪気な笑みを浮かべた桂。
「ほら、足をこっちに」
ほらほら早く! と、桂の視線が急かしていた。
戸惑いと恥ずかしさが綯交ぜになって、おろおろとする灯。
「じ、自分でできますよ!?」
「たまには君のことを甘やかしたくて……ね?」
絞り出すような抵抗の言葉は、小首を傾げながらの「ダメ?」という問いかけの前では無力だった。
「………お、おねがい……します」
雫を残して、片方の足を湯から出す。
その踵の辺りを、桂の手がそっと掴んだ。
(さすがに、これは少し……恥ずかしいな……)
お互いの手を握り合ったことは何度もある。
抱き留められたり、抱き締められたりしたこともある。
けれど、直接足に……肌に触れられる機会なんてこれまでなかった。
灯の足首を掴んでも指が余るくらいに大きな手に触れられてドキリとした。
無意識にピクリと足先が跳ねる。
「あっ、力強すぎたかな?」
「だ、大丈夫、です」
よかった。と手拭いで踵から爪先までを軽く拭ってから乗せられたのは、桂の膝。
そこでやっと足首を掴む手が離れてゆく。
「っ!」
指の間を拭われるくすぐったさに、小さく体を震わせる灯。
無意識のうちに逃げようとした足を、桂の手がそっと引き戻した。
「ふふっ。くすぐったい? ごめんね、もう少しだけ我慢して」
桂の言葉に、明かりは俯きながら小さくハイと答えた。
(可愛いなぁ……)
触れた灯の足は柔らかくて細くて……
少しでも力を込めれば、簡単に折れてしまいそうだ。
湯に浸かっていた肌は血色がよくなっていて……
その濡れた滑らかな肌が、手のひらに吸い付くようだった。
爪先、脛、脹脛……と優しく水気を拭ううちに、不意に爪先が跳ねた。
「あ、あの……桂さん……」
「どうしたの?」
「その……そこまでで、大丈夫……です」
「え、でも……」
遠慮がちな、けれど困ったような灯の声。
ふと向けた視線の先で、膝までたくし上げられた裾から太腿が見え隠れしていて……桂は、ハッ! とした。
「………ッ! ……ごめん!!」
慌てて両手を上にあげてしまった桂に、灯が目を瞬かせた。
思わずくすりと笑えば、桂が気まずそうに苦笑する。
「えっと…………じゃあ、もう片方の足……いいかな?」
「……はい」
灯の視線が動きを追っているのに気付きながら、先程と同じように拭ってゆく。
今度は、灯がくすぐったくて反応したところを避けるように、桂の手は、そっと雫を拭っていった。
「はい、おしまい」
「ありがとうございます。じゃあ、今度は私が……」
「ん? いいよ、気にしないで。僕はほら、多少濡れたままでも問題ないし」
笑って、手拭いを丁寧にたたんでから、灯へ返した。
そうして、手早く自分の足を拭ってしまった桂は、立ち上がって灯に手を差し伸べる。
「それじゃあ、おまんじゅう食べに行こうか」
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