「Unrest Doors」(文司書)
【乱司書・夢司書・敦司書・朔司書】
これは、悪い……夢?それとも現実?
少し不穏で甘い文司書詰め合わせ
それぞれ別の司書と文豪のお話4本
【sample】
乱司書「Gothic DOLL」
ふうわりと体を包み込むようなソファのクッションに身を委ね、本織沙理は視線を巡らせた。
見覚えのある司書室のはずなのに、なぜだろう……やけに薄暗くないだろうか。
天井からぶら下がるのは仄暗く光を零すシャンデリア。
窓には重厚なカーテンが緞帳のように掛かっていて、外からの光を一切遮断しているようだ。
ここはまた本の中なのか。
それとも夢の中?
首を傾げれば、いつもはひとつの三つ編みに纏めているはずの髪が肩を滑り落ちる。
あれ? と目を瞬かせれば落とした視線の先に見えたのは見慣れぬ黒い服だった。
「え? なに、これ」
慌てて立ち上がろうとして、踵の高い靴にバランスを崩してソファへと舞い戻る。
足元を包むのも、いつもの膝丈スカートではなく床を擦るほどに長い黒いフリルの裾。
ところどころに青が混じるそれは、ゴシック風のドレスだった。
これには見覚えがあるぞと思って首を捻るうちに、ああそうだ、いつだったか夢か本の中かよく分からない場所でこれと似たものを着ていた気がすると思い出す。
鏡でもないかと部屋を見渡せば、壁に掛かった縁に薔薇のあしらわれた鏡が一つ。
しかし、歩き慣れないこの靴であそこまで行けるだろうか? と、ソファの背を支えに沙理は立ち上がった。
「よし」
ゆっくりと歩を進め壁に掛かる鏡の前に立てば、そこには青と黒が基調となったゴシック風のドレスを纏った自分がいた。
頭のてっぺんには小さな帽子がちょこんと陣取っていて、これは一体どういう状況なのだろうと思いながら、沙理は鏡に映る自分の姿をマジマジと見つめるのだった。
「やっぱり本の中かな? それとも、夢?」
首を傾げるうちに、カチリと小さな金属音がして振り返った視線の先で扉が開いた。
「オヤ、お目覚めでしたか」
ニコリと微笑んだのは見慣れた助手の姿。
「あ、乱歩先生」
「ハイ」
にこやかに返された声に紛れて再びカチリと響いたのは何の音だろう。
夢司書「Nightmare LOVERS」
「先生がそうなさりたいのなら」
そう言って、年相応とは言えぬ可愛らしい容姿の彼女は笑った。成人女性にしては小さな手の指先が、シュルリと軽い音を立てて襟元のリボンを解く。
「この身は全て、ずっとずぅっと先生のものなのです。だから……どうぞ、先生のお好きになさってください」
妖艶な色を浮かべ見つめる大きな瞳にゾクリとした。思わず、その小柄な体を乱暴に引き寄せ折らんばかりに抱き締める。
「ナゼ、どうして、アナタはそこまでおっしゃるのです?」
「ワタシは……ずっと、ずっと、先生を追いかけていたのです。幼い頃から憧れて……」
だから……と伸ばされる両の手。戸惑う彼の頬をその小さな掌で包み、微笑む。軽くだけ触れ離れていった唇に菫色の瞳が見開かれた。
「先生とお会いできると知った時、ワタシは嬉しくて嬉しくて」
子供のような肢体。
人形のような容姿。
しかし、その内側には若い娘の肉体が秘されていた。
「だから、ワタシは最初から先生のものなのです」
さあ、と彼女は笑みを浮かべた。
「蹂躙する(けがす)も、分解する(ばらす)も、殺害する(ころす)も……どうぞ、先生のお好きになさってください」
触れた肌の
穿った胎の
裂いた肉の
その感触は生々しく記憶に残った。
歪むことなく浮かべられた満ち足りたような笑みが目に焼き付く。
浅く繰り返される熱を持つ息。
人形のように白く滑らかな肌。
赤く滴り落ちる甘い生命の証。
うっとりと細められた目は、光を喪ってもなお彼を映し続けていた。
敦司書「双想の華」
「おい!」
強い呼び声に、浜邱華奈はハッとした。
そうか居眠りしていたのかと慌てて体を起こせば、中島敦の不機嫌そうな顔が飛び込んできた。確か書類を整理していて……と思い出すうちに舌打ちが聞こえる。
「お前、ちゃんと寝てないな」
低く告げられた言葉にギクリとする。
「そ、そんなことありませんよ」
絵に書いたような棒読みで返してしまって、華奈は傍らで膨れ上がる不機嫌オーラに体を竦めた。はぁと大きく吐かれた溜息。
「あいつが言わないからな、代わりに言わせてもらうが」
だん! と机に叩きつけられた手が大きな音を立てた。
「お前は子供の頃からそうだ。すぐ無理をして……」
「で、でも……」
言い訳を紡ぎかければ、無言で睨まれてしまって口を噤むことしかできない。
「……で、最終的に熱を出して寝込む」
「はい……」
これっぽっちも反論などできなかった。
「こんな所で居眠りするくらいなら、今日はここまでにしてさっさと部屋に戻れ」
未処理の書類を指先で捲りながらの言葉に、華奈は目を瞬かせた。さすがにそれはまずいだろうと口を挟みかけたが、不機嫌そうに顰められた眉と眉間のシワと睨んでくる瞳の奥に隠れた心配気な表情に、思い直して大人しく頷いた。
これ以上の反論も反抗も無駄にしかならないことを知っている。それに……
「あの……」
「ん?」
「ありがとう、ございます」
微笑と共に礼を述べれば、返ってくるのはいつも通りのそっけない返事なのも知っているけれど。彼が優しさから言ってくれている事を、華奈は知っている。
「ふん。いいからさっさと寝てこい」
寝るまで手を繋いでいて欲しい……なんて言いそうになった言葉を飲み込んで華奈は頷いた。
朔司書「恋迷路」
そよ風が司書室の窓から吹き込んで、カーテンをふわりと揺らした。
不意に書類の端が捲れあがり、ひなは慌ててそれを手で押さえる。
「あぶない、あぶない」
机の上を見渡し重しになるものを探してみれば、小さな真鍮製の猫の置物が目についた。
去年の誕生日に贈り物として貰ったものだ。贈り主の名前は抜けていたが、同封されていた手紙の文字から見当はついていた。
小さく微笑みながらそれを持ち上げ、書類の上へと載せる。
その時。
「司書さん!」
勢いよく開いた司書室の扉に、ひなは驚いて顔を上げた。
「えっ! あ、朔先生。どうしたんですか?」
唇をへの字に曲げた萩原がじっとひなを見つめたまま、まっすぐ執務机へと向かってくる。
いつもと様子の違う助手に、何かあったのかと不安が過りながら立ち上がれば、不機嫌な顔のまま萩原はひなの正面で机に両手をついた。
「犀を取らないで!」
「え?」
今にも泣き出しそうな目で睨みつけられ、ひなは目を瞠る。
「あ、あの……朔、先生?」
「犀のこと、取らないで!」
もしかしてとひなの脳裏を過ったのは、このところ室生と話をしている時間が多かったなということと、萩原と室生の生前からの仲のこと。
ああそうか、あれで萩原を傷付けてしまったのか。
「そんなつもり、なかったんですけど……ごめんなさい」
唇を噛みしめひなは踵を返した。その拍子に書類の上に乗せられていた真鍮の猫がコロンと転がり落ち、カーテンを揺らす風に乗って紙がフワリと舞った。
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