「残想」(石さに)
廃墟となった本丸で起きている怪異。
その調査を政府から依頼された審神者と刀剣男士たちだったが……
怪異の噂と共に発覚した事件の真相と審神者の想いとは。
石さに前提オールキャラ
※名前あり女審神者・刀さに要素あり
【sample】
「あなたに出会えて私はしあわせよ」
そう言って彼女は微笑った。
審神者なるものとして、ただの人の子では経験することのない日々を過ごす内に芽生えた感情。毎日を微笑って過ごす彼女の周囲にも笑顔が溢れる。
「あなたたちと過ごせてうれしい」
刀剣の付喪神である彼らに人の姿を与え、戦いの場へと送り出す。
審神者なるものに与えられた使命を、彼女は日々果たし続けていた。
「ずっと皆と――あなたと一緒に居たいわ」
大切な皆。
特別な彼。
いつしか彼女が抱くようになった想い。
それが禁忌だったかどうかは誰にも分からない。
「大好きよ」
彼女は、いつもそう言って微笑っていた。
皆へは母や姉妹のように。
そして、彼へは愛しさをこめて。
彼女を取り巻く日々は幸福に過ぎていた。
あの日。不吉な音が彼女の耳に届くまでは――
「いや……」
美しい相貌を崩すように見開かれた瞳。
赤い唇から絶望の悲鳴が零れる。
それは一瞬の出来事だった。
「あ……あぁ……」
その一瞬で、失われてしまった。
それだけで、壊れてしまった。
「いやぁぁぁ!」
そして――
彼女の心は深い深い闇の底へと……堕ちて、いった……
* * *
ひらりと翻る白衣の裾。
少しの苛立ちを含んだ軽い足音が廊下を渡ってゆく。
そして、足音の主は足を止めて大きく溜息を吐いた。
視線の先には、縁側で菓子を摘まみながら談笑する者たちの姿があった。
少し急ぎ足になって廊下をゆく。
普段から弟たちに廊下を走るなと言っている手前、自分が走るわけにはいかなかったが……今は、とても全力疾走したい気分だった。
「大将! こんな所にいたのか」
「薬研くん、どうかした?」
白衣を纏い眼鏡をかけた少年に声を掛けられて、彼女は首を傾げた。
長い髪が白い単衣の肩からさらりと零れ、千歳緑の袴へと落ちる。
自らの名を沙弥と名乗る彼女は、時の政府より審神者なるものとして任じられた存在だ。刀剣の付喪神である刀剣男士たちを率いる主である。
「君も一緒にどうだい?」
「珍しい菓子もあるぞ」
聞こえてきたのんびりとした声に、思わず力が抜けそうになる。
溜息を吐き、薬研藤四郎は廊下へと腰を下ろした。
「なんであんたらは、そんなにのんびりしてるんだよ」
「何故と言われても……」
「ふむ……何故だろうな」
平安然とした古風な和装のふたりが顔を見合わせる。
「はい、薬研くん。お茶」
にこにこと笑いながら差し出された湯呑。
「大将ものんびりし過ぎだ」
「うん? 出陣から帰ったとこだから、つい……ね」
苦笑を浮かべ、沙弥が肩を竦めた。
「それ、もう一刻も前の話だろ?」
「え、そんなに経ってた?」
「まだ半刻ほどかと思っていたが……」
「おや、時間が経つのは早いね」
軽く頭痛を覚えて、薬研藤四郎は肩を落とす。
「三日月の旦那ならいざ知らず……石切丸の旦那は近侍だろ! まったく……」
「もしかして、何か急ぎの報告?」
金平糖を口に放り込み、沙弥が問う。
受け取った湯呑を傾け、喉を潤した薬研藤四郎はひと息吐いてから口を開いた。
「使いの者だって役人が来て、これを大将にって」
「ん?」
薬研藤四郎が白衣のポケットから出したのは、一通の封筒。
眉を顰め、沙弥は縁側に広げていた菓子や湯呑を手早く片付け始めた。
「ふむ……封書とは珍しいな」
「いつもなら、こんのすけが伝えに来るか主の端末に直接連絡が入るはずだけど……」
三日月宗近と石切丸も首を傾げて、封筒へと視線を向けた。
「執務室に戻ります。自分の湯呑は自分で持って来てね」
片付けたものを載せた盆を持って立ち上がった沙弥が踵を返す。
「大将?」
「ごめん、薬研くん。それは執務室で受け取るから」
足早に歩き出す沙弥。
顔を見合わせた三人は、慌てて主の後を追いかけた。
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