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Hell and Heaven ONLINE

火弟巳生個人サークルHell and Heavenの発行物情報 <通販再開しました>

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「満つる月夜の邂逅 」(弁望)



個人サイトにて連載していた同タイトル長編(時空跳躍運命偽造話)の加筆修正版。
厳島・弥山で失った弁慶を求め時空跳躍した望美が辿り着いたのは…
サイト掲載時に削ったエピソードやシーンを色々と追加しています。

【108p/¥800】


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一.月の天女

 


 月が天高く昇っていた。

 思ったよりも遅くなってしまった、六波羅からの帰路。
 薬師を営む小屋がある五条の、鴨川に架かる橋にさしかかった弁慶は、ふと立ち止まり…夜を明るく照らす望月を見上げた。

 鴨川のせせらぎが、人気の途絶えた夜の京に響く。
 草陰から聞こえるのは、少しばかり長生きな虫の声。
 聞き届ける相手を求め、懸命に声を絞り出している。

 逢魔ヶ刻もとうに過ぎたこの時間帯に出歩いている者など、そういる筈もない。
 夜の闇は……人ではないモノを呼び込むのだから……


 ふ…と、何処からか…遠く、騒ぎの声が風に運ばれて耳に届いた。

 あれは恐らく……

「…また、何処かでやり合っているのかな。」

 血気盛んな者達同士が衝突しているのだろうと思いながら、弁慶は微かに苦笑を浮かべた。
 その脳裏に浮かぶのは、ずっと以前(まえ)の思い出。
 まだ、比叡に居た頃の……日々。

 あの頃は、今の自分の姿など想像し得なかった。
 日々の鬱憤を、暴れ回る事で解消していたあの頃。
 京のあちらこちらで、好き勝手な行動を取っていた。
 まさか…度々見えた男と無二の友……そして戦友となるなど…考えもしなかった。
 それに――

 ――あの頃得た知識が、こんな形で役に立つとは…ね。

 口元に浮かぶのは、苦笑か嘲笑か…

 傍目からは…その笑みが無理に浮かべられた表情にしか見えないが……彼がそれに気付こう筈もない。
 いや……
 そもそも、目深に被った外套の下で浮かべている表情など……一体、誰の目に触れようか……

「あぁ……それにしても、今宵の月は…美しい。」

 目を眇め、空を振り仰いで呟く。
 さらさら…と月光が降り注いでいた。

「明りなど、必要もないな……」

 栄華を極める貴族もあれば、日々の生活に困窮する庶民もいる…人の世は、混乱に向かおうとしているのに…天上界は平和で、今にも天女が舞い降りそうな程に美しい月夜。

 …そこまで考えて、弁慶は苦笑を浮かべた。

 有り得ない事だ……と
 これ程に乱れた…これから更に荒廃してゆくであろう京に、天女の様に美しく清らかな存在が舞い降りる筈などない。
 月から視線を離し、再び歩き始める。

  しかし……

  数歩も行かぬ内に、弁慶は足を止めた。

「――…え?」

 誰かに、呼ばれた様な気がしたのだ。
 辺りを見渡すが、人影どころか人の気配すらない。

  ――気のせいか…

  と足を踏み出した瞬間。

「っ!?」

 突然、辺りが光に包まれ、一瞬、宵闇に慣れていた目が視力を失う。

「一体……何が……」

 何が起きたのか…と目を眇めながら視線をめぐらせる。

 それは……

 彼のいる五条大橋のすぐ下だった。
 橋の下の河岸――先程まで闇に包まれていた其処へと、望月が零すそれと同じ、皓い輝きが集束してゆく。

 何かに誘われる様に…弁慶は、足を踏み出した。

 足早に橋を渡り、回り込むのももどかしく途中で欄干を飛び越える。
 皓い光を照り返し、微かに金に輝く髪が…漆黒の外套の下から零れた事にも気付かぬまま、一心に…呼ばれる様に足を進める弁慶。
 土手を滑り降りる内にも、光は徐々に薄らいでいった。


「これは……」

 降り立った橋の下には、輝きを纏った何かがあった。
 ……いや、「いた」と言うべきだろう。

 無意識の内に伸ばされた弁慶の指先が、その光に触れようとした瞬間。

「えっ!?」

 輝きは人の形を取り……急に夜の闇が舞い戻ってくる。
 弁慶は目を疑った。

 光の中より現れたのは十六・七歳程の髪の長い少女。
 素足を晒す程に丈の短い衣を纏っている。
 見慣れぬ装束の少女に、戸惑いながらも弁慶は傍へと歩み寄った。
 躊躇する指先が一斤染の衣に触れると……少女は、ぴくり…と身じろぎした。

「大丈夫ですか?」

 抱き起こし、体を軽く揺さぶる。
 ふ…と瞼を開いた少女の瞳に、困惑の表情を浮かべる弁慶の顔が映り込んだ。
 一瞬、大きく見開かれた瞳。
 見る見るうちに溢れ出した涙が一滴…頬を伝い落ちる。
 そして少女は、今にも消え入りそうな哀しげな微笑みを浮かべた。

「――……」

 声を伴わず動いた唇が、短い言葉を紡ぎ出す。
 それは――紛れもなく弁慶の名だった。

「え…?」

 そして、そのまま…
 少女は意識を手放してしまった。

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